徒然なるままに仙石線

このブログでは仙石線に関するあれこれを解説、考察などをして行きます。

仙石線20m級旧型国電を支えたもう一つの車両クモハ54はどのように使用されたのか

1960年代の半ばより導入された20m級の旧型国電。主力は主に4扉の72系でしたが3扉のクモハ54も配置されていました。仙石線のクモハ54はどのような運用をしていたのでしょうか。

仙石線近代化の一環で登場したクモハ54

仙石線の近代化は同車が導入される前年より運用を開始した72系から始まりました。72系は戦時中〜戦後にかけて大量に増備された20m級4扉の通勤型車両,63系をルーツにした車両で仙石線に配置されたのは純正72系として導入された物,63系編入車が混じって運用されていました。ちなみに,後に103系と同等の車体を得た970番代は全てが72系として製造された編成が改造されました。72系登場の翌年に登場したのがクモハ54でした。この中にはクハ68も含まれていましたが今回はクハ68も含めてクモハ54として扱います。クモハ54は72系によって置き換えられたクモハ41と同じ20m級3扉の車両でしたが塗装はこの車両からウグイス色の塗装となりイメージを刷新しました。

※画像は宇部・小野田線用の車両

画像出典 Wikimedia commons Own work様

仙石線の快速を中心に運用された

クモハ54が72系や17m級車両のぶどう色,または気動車ツートン色で運用されていたのは異なりウグイス色で運用を開始したのは運用を区別する為でした。クモハ54は快速・特別快速として運用する事を念頭に置いて導入されたのです。車内はセミクロスシートが並びドア付近をロングシートという標準的な近郊形車両であった為オールロングシートの72系より優等列車用として積極的に使用されていました。クモハ54が導入された直後,ぶどう色・気動車ツートン色に塗られていた72系は全てがウグイス色に塗り直されこれ以降仙石線におけるウグイス色は20m級車両用塗装として区別されます。クモハ54は1969年より運用を開始した特別快速でも運用され,引き続き仙石線で優等列車用車両として運用を続けられていました。1970年には中間車のみですが70系が転用され,クモハ54の中間車に組み込まれた編成が登場しました。こうして72系に紛れて仙石線の快速列車や普通列車で運用されていました。しかし同車は戦前製の車両が多く72系よりも古い車両が多く72系よりも老朽化が進行していました。こうしてクモハ54一族は淘汰される事となります。その時にクモハ54を置き換える為に導入されたのが72系970番代。機器は72系その物でしたが車体は103系と同等の車体でありアコモデーション改造を施した車両に置き換えられる事となり、クモハ54は仙石線を追われる事となります。殆どは廃車となりましたが一部の車両は大糸線に転用される者も存在していました。

クモハ54を置き換えた72系970番代。

画像出典 裏辺研究所 ぷち姉様

終わりに

72系が中心だった中でも特に目立っていた存在だったクモハ54。同車が引退してからおよそ40年後にHB-E210系が登場しますがセミクロスシートかつ快速用という面からもクモハ54の再来を感じています。