徒然なるままに仙石線

このブログでは仙石線に関するあれこれを解説、考察などをして行きます。

205系3100番代の一部車に大窓が混在しているのは何故なのか

205系3100番代の中でも一部の編成には大型のドア窓の先頭車が編成中に混在しています。何故205系3100番代のドア窓が混在する様になったのでしょうか。

大窓の車両は埼京線から転用された

M1編成を除いて仙石線の205系で大窓が混在している場合,基本的には石巻・あおば通方のクハ両方が大窓となっています。この大窓車両は全車が小窓となる車両よりも登場は新しく,一番新しい物だと1990年製の車両が存在しています。この大窓車両は元々埼京線で運用されていた物でした。埼京線用の205系は1989年より投入されていますので主に1985〜86年にかけて製造された山手線用の物を組み込む小窓の205系3100番代よりも比較的新しく,車内間でも異なる部分が存在しています。分かりやすい点としては荷物棚が網棚からパイプ棚に変更されており車外以外では最も分かりやすい相違点と言えます。埼京線転用の大窓車が組み込まれている編成はM1,M9,M11,M12,M15,M16,M18の計7編成が存在しています。基本的にこれらは先頭車の両端ではあるものの,唯一の例外となるM1編成は石巻方のクハのみが大窓であり大窓車が組み込まれている編成としては唯一の特徴となっています。

何故混在する事となったのか

山手線から転用された小窓の車両で車両で統一出来れば良い物ではありますが,一体何故これらの編成はドア窓が混在する事となったのでしょうか。事の発端は2000年代初頭に入っての事でした。埼京線の205系に混雑緩和の為に6扉車を導入することになったのですが,この時に既存編成に6扉車両を2両組み込む形を取った為,サハ205が余剰付随車として2両が捻出される事となりました。サハ車だけで運用する事は不可能であり,必ず先頭車が必要となります。では一体その先頭車を何処から持ってくるのでしょうか。ちょうどこの頃,山手線で運用されていた205系は続々とE231系500番代に置き換えられつつあり山手線で運用されていた初期型である小窓の205系が大量に余剰となります。これらはJR東日本線区に残る103系を置き換える為従来の原型先頭車や中間車などは6扉車を武蔵野線や京葉線へ転属,残った中間車については付随車については先頭車化改造の上で南武支線や鶴見線などへ転用する事となりました。仙石線もその路線の1つです。同時に武蔵野線用は6扉車を抜き,8両にする為に電動車も2両抜いています。その余った電動車は主に地方転用の為に使用されました。その為仙石線用の車両では混在していても中間車が必ず山手線出自の小窓の車両となっているのです。そして先頭車も多くはやはり捻出された山手線用からではあったものの捻出され余剰となった埼京線用のサハ205を改造時期に合わせてクハ化の上で組み込む事となった結果,先頭車と中間車でドア窓が異なる編成が登場する事となったのです。このような状態は鶴見線でも見られた光景でありこちらについては全編成の扇町方がそのようになっていました。

終わりに

ドア窓が混在している編成は主に埼京線から転用して来た物ではありますが,その転用線の裏には武蔵野線なども絡んでいたようです。この混在編成は先述のように荷物棚が異なっているなどの違いもあり隣同士で205系改良史も味わえる特徴となっています。